Sunday, May 1, 2016

自然災害からの復旧


世界中で自然災害のタイプと周期に変わっています。私たちの惑星はいつも変わっている負担と時の過ぎ行くままに人間の干渉と気候変動として自然災害が悪くなっています。台風、竜巻など壊滅的なことの増加や気候変動の干渉はもっと目立ちますが、大地震のような災害はあまり目立ちません。しかし、近年では環太平洋に7.0台の大地震が起こる周期が早くなっている。それに世界の生産の多くは環太平洋にあると世界の新興経済に特に問題的なことです。



二週間前の土曜日に九州の熊本県に群発地震は被災しました。電気と流れる水があまりないことによって復旧作業を停止させています。例えば、トヨタとアイシン精機の熊本県にある自動車の関連会社の部品メーカーは生産を停止しています。隣県の大分にあるダイハツも操業を停止させています。避難所を作って被災した住人を助けるために政府は外の機関といっしょに働いています。









同じ時に世界の反対側にあるエクアドルでも大地震がありました。しかしエクアドルの場合は日本に比べて楽天的ないそうです。日本で50人が亡くなりましたがエクアドルでは650人が亡くなりまして毎日死亡者数が増加しています。同様に日本で約3,000人がエクアドルで28,000人負傷しました。これらの死傷者はそれぞれの国の準備や経済発展の違いを表します。日本は工業国として日常的に人々が流れる水、電気などの安定した行政サービスにアクセスできます。しかし、エクアドルは途上国だので人々流れる水や衛生に必ずしもアクセスできません。災害を受けると問題が悪化します。それに大地震は国の最貧国の一つで起こりましたので被害が拡大します。その地域で死傷者の大半はありましたがキトという首都の住人も大地震を感じたとして救助活動の多くがキトに集中します。エクアドルの政府はこのような問題を支援するために州兵に依存していますが工業国の多くでは『FEMA』のような指定された災害救援機関がよくあります。軍の目的は一般的に防衛であるため、大自然災害が起こると指定された災害救援機関が対処する方が良いです。



これらの二つの地震は厄介な未来を強調します。多数の構造プレートの境界と火山がある環太平洋地域は世界のほとんどの地質学的に活性領域の一つです。さらに、世界の生産サプライチェーンの多くがあります。東アジア・東南アジアでは世界の消費財の多くを生産します。地震に対する気候変動の影響は現在よく分かりませんが大地震は最近ますます頻繁に起こるそうです。この6年間ちりで8.8の地震が数カ月後の東北地方太平洋沖地震もあったとか、フィリピンの「はいやん」と言う台風もあったとか、数え切れないほどの自然災害が起こりました。自然災害のタイプの増加の緊急時の準備をするために政府と国際機関がますますいっしょに動作しないかもしれません。

Monday, April 18, 2016

世界的な経済混乱の戦い


大不況の後世界中で景気回復は利率や為替相場と内在的に繋がっています。多くの不安がまとめて経験するはマクロ経済の回復と付属の達成可能な政策。日本は景気回復のために20年の闘争にまた足踏み状態になるかどうか分からないアメリカのように回復が遅れないために学ぶたほうがいいじんきです。

クラスで私たちは農林水産省の輸出について話しました。農林水産品目の輸出額は前年比21.8%増えました。日本の最近の経済の歴史ですから、これは特によいニュースです。1994年頃日本では「失われた10年」という不況に入りましたが実は20年間ぐらいでした。安倍 晋三という現在の内閣総理大臣の「アベノミクス」という経済政策は日本経済を回復されたが最近の円安や海外の和食ブームのほうが援助しました。クラスで私たちが読んだ記事によると和食ブームは2006年から2013年までに見られます。その時にアメリカでは和食レストランが増えるのを見られませんでしたからびっくりしました。しかし、松田さんによると増加の多くは東南アジアと中国と韓国にありました。合理的な意見ですが和食は他の良い特徴が多いですから、唯一の理由かどうか知りません。


   
1994年から消費者支出を増加するために日本の中央銀行の利率を約0%に下げました。銀行にお金は利子がありませんから日本人は銀行の外にお金を注ぎ込みたくなります。同様に同じ理由からアメリカの利率も約0%にあります。しかし、グローバル経済のためには低調な時ですから中国は経済成長が鈍化あります。消費者はあまり投資機会がありません。実はこの10年の始めにアメリカ政府は「失われた10年」のような状態になることに心配しました。今,六年後に日本に比べてアメリカの景気回復の方がいいですが全体として経済は戦っています。経済成長の多くは主にテクノロジーのセクターにあるまたは「共有経済」です。カリフォルニアにはその経済成長の種類は見られますが他にはあまりありません。

アメリカでは日本の「失われた10年」のような日本の時代があるかどうか分かりにくいです。両国は最近仕事伸びを経験しましたが、労働者のためにフルタイムの仕事が下落しました。例えば、伸びの多くはバイトと期間従業員の仕事です。特にアメリカでは人々は会社を通じて医療や退職金制度から受けますから期間従業員は仕事の給付を受けられませんから大きい問題です。日本人は政府から医療を受けたら大丈夫ですが、仕事の質と共に年金が減り始めています。両国は不動産業界を持ち直しましたが、主に特殊な土地だけにあるらしいです。両国学生は仕事をだんだんに見つけにくくなっています。今、最近の円高と20年の前に一兆円に達成倒にできるかどうかわかりません。経済の混乱の後で世界のリーダーが世界的な不確実性と戦ったりとして世界市民が生活の安全な品質を持ったり新しい解決を見つけるのがほしいです。

Monday, February 29, 2016

私の音楽の旅路





世界中音楽の力は性格と文化的な標準がある。音楽は記念とか、祝賀とか、追悼などことに使っている。音楽の意味は学校で普遍的なことよく教える。意味やメッセージの音楽に表せるる。私はいつでも世の中が難しくて音楽が信じるメッセージを送っているのが好きだ。私の意見は常に真ではなくて理想にもといている

松田さんによると日本とアメリカの人気の音楽はちょっと違う。アメリカでは1990時代にポップのグループの音楽のジャンルは人気があって増えていた。『Backstreet  Boys』とか『Destiny’s Child』とかボーイとガールバンドは大人気があった。でも、2004 年ごろ変わっていったポップの音楽は主に一人の歌手を使っていてそのグループは子供たちのために変わるはずだ。松田さんによると日本ではその音楽のジャンルは依然人気がある。例えばAKB48と言う女の子のバンドとか、嵐と言うボーイバンドとか色々なポップのグループは増え続けている。でも、アメリカでこの音楽のタイプは、小中学校の子どもたちを対象としている。今でも「One Direction」とか「Justin Bieber」の歌手は若い人のためで多いバンドは他の国から来た。例えば『One Direction』や「Justin Bieber」はイギリスとカナダから来た。かえってアメリカでよく一人の歌手のほうが人気がある。それに日本では演歌のジャンルがあるがアメリカに一つの伝途的な音楽がない。それからアメリカでたくさん音楽のジャンル作った。『Folk』、『Jazz』、『Rock』のようなジャンルを作って伝統的な音楽と言う物がない。すべてのことからアメリカと日本の音楽の文化はちょっと違う。

私の音楽の旅路は音楽の授業に入った経験なら始まった。この日本語のクラスで日本では小学校から高校まで音楽のクラスがあることを話し合ったがアメリカでは教育にお金がないから予算削減の時に芸術と音楽のクラスは一番に切る。それに小学校は音楽のクラスもなかったけど四年生に音楽のクラスがある。その年にバイオリン学びことを決めた。両親はうれしかったけどクラシカルの興味がなくて学びたかった。しかし五年生に音楽のクラスがなくて両親は学校の外の先生を見つけたから学ぶに続けた。六年生の時にコネチカット州に引っ越した中学校が豊かだったから一度オーケストラのクラスを取れた。中学校と高校の始めにコンサートマスターだった。私たちは高校の最中にカリフォニアに帰った新しい高校にオーケストラもあった。しかし先生の給料だけ払えたから全部の音楽を練習できる音楽を払うために俳優は先生にお金を出した。それでもほんとうに素晴らしくて一のセクションに変わった。大学の時に二年生の終わりにUCSCのオーケストラに入れた。二年の終わりに二つのため時間がなかったからインターンシップとオーケストラと決めた。音楽の学生じゃなかったからインターンシップに決めた。その時から専門的なオーケストラで弾けなくてまたバイオリンを弾くのを楽しむと思う。私はバイオリンでクラシカルがつまらないのを習ってとても革新的で面白いと思う。バイオリンも私は新しい言語を学ぶのに役立った。中国語のクラスを始めた時に先生が中国語の語気は音楽のようなことで語気の音階で説明できた。音楽の授業のおかげで語気を聞こえた。

私の音楽の好みは大いに変わった。小学校のとき1990年代の人気がある音楽をよく聞いてクラスで「アイドル文化」を話し合って主にボーイ・バンドと女の子バンドのようなグループだった。それに引っ越した時に車で両親の音楽をよく聞いた。しかし六年生の時に音楽の好みが変わった。私は「Metallica」、「Rob Zombieなどのバンドを聞いてすぐ「System of a Down」と他のヘビメタのバンドを聞いた。私は音楽がいかを複雑で好きでなぜなら音楽の授業で曲を鑑賞した。ヘビメタは色々な楽器をよく使う。たいていバンドはせめて二人ギタリストと一人のドラマーがいて時々歌手がギターも弾ける。しかし多バンドはバイオリン、チェロ、ピアノなどオーケストラの楽器をよく使う。このごろ私は主にヘビメタを聞き続ける。主に活動者の曲だ。1980時代にたくさんのヘビメタのバンドは主に女の子、麻薬、セックスなど軽薄の話題だったがこのごろ本当に違う。ヘビメタの曲は主に不法や人権擁護を信じる物のために立ち上がる。主に活動者の曲だ。例えば「Another Way to Dieとと言う「Disturbed」と言うバンドの曲は気候変動について歌詞は主にだれも気候変動に関する問題に耳を傾けず、人がこれを変更する必要がある。ヘビメタは挑戦的でエキサイティングのことが好きだ。ヘビメタのファンも素晴らしいと思う。ファン世界中のは最高に丁寧で楽しい人々でヘビメタの愛は国籍や人種を超越できる。例えば最近シンフォニックメタルのバンドを見て(シンフォニックメタルはヘビメタの下位ジャンルでヨーロッパで大人気)オープニングバンドは「Sabaton」と言うスウェーデンのバイキングメタルのバンドだ。コンサートの前に知らない人はモッシュピットにSabtatonのファンと話した後で色々な事実を習ってたくさん友達を作った。それからステージに出てきた後で私はファンに変わった。Sabatonは色々な話題について歌って一つの曲はナチの強制収容所から二回逃げたアメリカ人の戦争捕虜について歌った。その曲の名前はTo Hell and Back」だ。時々ヘビメタの曲のリズムはゆっくりで遅い。例えば「Nightwish」と言うヘビメタのバンドのThe Islanderと言う曲は庶民的な楽器を使って本当に遅い。時間があったら聞いてください。


つまり私の多様な音楽の背景が他の国からの人と話せたり、複雑なアートフォームを鑑賞したりできた。アメリカでもっと学校に音楽のクラスを増やして新しい遠近法を出せば新しい外国語を習うのと助けれる。ヘビメタは最高だと思う!

Saturday, February 6, 2016

日本とアメリカの学校給食




アメリカと日本の違いは学校と家の食文化だと思う。幾分の違いは可もなく不可も全体的な見通しが大いに健康的だから一般的にアメリカ人に比べて日本人は食生活がいいと思う。

子供の時に全部の事を始めた。私たちはクラスに相談したことについて日本では家と学校で「一汁三菜」という順序の食べ方を教える。一般的にタンパク質と炭水化物と色々なおかずを食べるのを強めている。たいてい学校でおかずは野菜のような物をよく含む。松田さんによると学校給食はたいてい日本の伝統的な食べ物を含んで日によって変える。例えば時々ホットドッグやバーガーを食べさせるが概して学校の食べ物は栄養バランスを考えているはすだ。文部科学省は学校給食の値段を決めて必ずしも学生の値段と文部科学省の払った値段は同じというわけではない。例えば時々文部科学省が払った値段は1ドル~4ドルだが学生のために2ドル3ドラに決めた。松田さんによると小学校では少し珍しい特徴があると思っていた学校給食は牛乳をいつも出してパンもよく出している。この二つの特徴はアメリカの占領から残り物だ。アメリカに占領された時に食べ物があまりなかったから、大勢の日本人はご飯さえなかった。因ってGHQは無料の学校給食を定めた。アメリカ人はパンをいつも食べていると牛乳は育っている子供に栄養を考えるため学校給食とパンと牛乳を出した。因ってアメリカの占領が終わった後でその伝統は今に残る。


日本に比べてアメリカの食文化はぜんぜん違う、特に学校給食だと思う。アメリカでは学校給食は複数の異なることができない。色々な複雑な要素がある一番大切な要素は公立学校が連邦政府に多く資金を貰えないから学校予算の残高が州の教育相の資金だ。つまり州政府は貧しくてできる公立学校も貧しくて教科書や学校用品のための資金がない。さらに学校給食さえは外の業者を使って公立学校は資金がないから学校給食が栄養ではなく利益に基づいている。安い食べ物だ。因って私は子供の時にソーダとチョコレート三ルクの飲み物があった。それにソーダがいつも安かったと野菜は珍しかった。野菜を食べされたら缶詰の豆や缶詰のとうもろこしなど栄養がないことだった。健康的な食べ物はジャンクフードより高くて学校給食は主にピザ、テイタートッツなどジャンクフードを出した。さらに学校は子供たちに栄養がない食べ物を考えることによってお金を貯められた。


一般的に日本に比べてアメリカは食品のタイプが多くておいしすぎて。食べ物の量と悪い食生活は肥満の問題を引き起こした。アメリカは忙しすぎて晩ご飯を作ったり自分たちのため食べ物を作ったりする時間がなくて全部の食品は便利でやさしくなければならなくて本当に栄養がない食べ物をよく食べるようになった。全部の利用からアメリカ人に比べて日本人は食生活について健康的な展望があると思う。

Monday, January 25, 2016

日本語と英語のコミュニケーションの比べる

一般的に日本語と英語は本当に違います。特に文法と話し方は違います。
英語で丁寧な言葉は日本語に比べてもっと微妙だと思います。英語で丁寧にするのために分の始めるに『sir』とか『ma’am』とかをよく使います。それに学問的な言葉を使えばもっともっと丁寧になるかもしれません。学問的な言葉はいつでも省略をぜんぜん使いません。英語の特徴は 「can'twon't, don't」とかたくさん省略があります。「can'twon't, don'tをよく聞きますが学問的な英語ではぜんぜん使いません:「can't」は『cannot』になります。この言葉の特徴はだんだんに丁寧な話し方になります。それに丁寧な言葉の中にある言葉を使いません。たとえば『like』や『for real』のくだけたの言葉を使いません。しかし全体として文法の構造は変わりません。

英語と日本語はとても違うのに少し同じ傾もあります。日本語で女性と男性の言葉があります。例えば文章の終わりに助詞を入れます:男性は 「ぞ!」とか女性は『~ですわ』をよく使います。しかし最近女性的な言葉を使いません。それは中和の特徴です。英語でその動向は同じですが日本語に比べて女性的と男性的な言葉がより明白です。一般的に英語でとても女性的な話し方の特徴は愛称をよく使ったり文の終わりに高い抑揚を入れたりします。ボディランゲージの例え:ニコニコするとか、場所を取りませんとか、手と話し方をよくするです。


よって日本語を勉強している英語の母語話者は日本語のいろいろな構造の言葉と女性的と男性的な言葉が最高の大変なことです。